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〜医者はどこまで患者と向き合っているか?〜主治医はあなた【随時更新】

現代の医療のあり方に一石を投じ、これからの医療の可能性を模索する。
心身統合医療に力を注ぐ、医師・樋田和彦のメッセージ。

主治医はあなた

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1人の患者さんにじっくり耳を傾ける。
そこには、何百人と診ても得られない
医者としての充実感があります。

■患者が増える一方、追いつめられていった自分

私は34歳で「ヒダ耳鼻咽喉科」を愛知県尾張旭市に開業しました。大学の医局や病院勤務を経て10年後のことです。今思えば、早すぎる開業でした。

今でこそ尾張旭市は名古屋のベッドタウンとして栄えていますが、開業当時はかなりの田舎でした。耳鼻科医は、年配の先生が一人いらっしゃるだけという状態でした。その先生から「君、頼むよ」と声をかけられ、市内のほとんどの学校検診を引き受けていました。一気に患者さんが増えたのは結構なことだったのですが、一人あたり3分診療どころか1分という短い診療にならざるを得ませんでした。しかも、1分診療で治らないケースも次々と出てくる。患者さんが増えることに「ありがたい」と感謝する思いと同時に、流れ作業のようにこなすだけの診療の在り方に抵抗を感じるようになりました。

私は次第に追い詰められていき、人に会うことさえ億劫になりました。今でいう、引きこもり、診療拒否の状態です。心が壊れて身体のバランスを崩し、めまい・不整脈・胸苦しいなどに悩まされ、どんどん痩せていきました。

■人生の大きな転機

1分診療にジレンマを感じた私の心の根底には、じつは子供時代に受けた医療がありました。その頃の医療と、自分が医者になってやっている医療と、あまりにかけ離れており、「どうしてこんなに違うのか」という矛盾に対する憤りのようなものが一番私を苦しめたのだと思います。

もちろん、ひと昔前の医療について良いことばかりとは言えないでしょう。しかし、少なくとも医者は、診療にじっくりと時間をかけてくれました。ときには1時間近くも向き合ってくれたと記憶しています。ただし、お腹を壊しても、風邪を引いても、頭が痛くても、機嫌が悪くても、医者の処方はほとんど同じ(笑)。それで結構、治っていたのですから不思議なものです。

自分の医療に疲れ果て、「何とかしなければ」ともがき苦しんでいるなかで、私は鍼と出会いました。医者ともあろうものがと疑問に思われるでしょうが、体調を良くしたい一心で、鍼を試してみたのです。すると驚くことに、今まで体験したことがないほど効きました。さっそく、自分の患者さんにも試してみることにしました。腫れが引かない前頭部(おでこ)に小さい鍼を打つと、それまで1カ月以上も治る傾向を見せず困り切っていたのが、3〜4日目ぐらいに腫れが引いてしまったのです。

これが人生の大きな転機となりました。

医学の常識にとらわれず、自分の選択した方法で患者さんを治すことができたという喜びは非常に大きいものでした。越えられるはずのないハードルを、私は越えたのです。

■1人の診察に時間をかけるために設けた「特殊外来」

それからは東洋医学にも目を向け、さまざまな治療法を診療に取り入れるようになりました。すべてをここで書くのは割愛しますが、なかでも大きな影響を与えてくれたのは、皮膚に針を刺す皮内鍼法(鍼治療)、合気道、ヨガの体験です。「鍼灸」も「ヨガ」も、暗闇の中から明るい光の中に何とかたどり着きたいという強い思いがあって始めたことですが、深く追求するうちに分かったことは、いずれも昔から絶対に変わらない真理を基としていること。

その真理とは、すべてのバランスです。

私自身、バランスを崩して不調に見舞われたように、健康とは全身のバランスによって成り立っているのです。耳鼻科の病気も、生命を分割することはできないことからいうと、全身病なのです。例えば「聞きたくない、聞きたくない」と生きてきた人は、難聴になりやすい。ただ薬を与えるだけでは、治らない病気や症状が世の中にはたくさんあります。

こうした普遍の真理に目を向けることによって、専門医としてのあり方に疑問を持つようになった私は、まず、1人当たりの診察の時間をかけてみようと考え、特殊外来(現・心身統合医療/鍼灸外来)というものを掲げました。1人1人じっくり時間をかけることで見えてくることがありますし、何よりも医者としての充実感があります。これは何百人と診ても決して得られないものです。

■家庭医(総合医)としての役割

病気を診断するだけでは、解決できない症状があるということに初めて気づかされたのは、医師になって10年ほどたった頃、あるお坊さんの法話と座談を伺ったときです。いろいろな悩みにお坊さんが答えるという形式だったのですが、こんなやりとりが続きました。

「私の孫がもう小学4年生になるのに夜尿で困っています」と言うと、
「そりゃ、家の中が暗いだろう?」

「私は、いつも冷え症と肩こりですが」とお嫁さんが訴えれば
「舅さんや旦那さんを粗末にしとるのと違うか」(当時はまだ過去の封建的な習慣が残っていました)

「この頃、耳が遠くなったのか耳鳴りがして」と年配の女性が言えば
「それは人の言うことをよく聞いてこなかったからだ」

当時は首をかしげながら聞いていましたが、耳鼻咽喉科の専門医としてよりも、家庭医(総合医)としての診療に重点を置くようになった今では、あの時のお坊さんのお話を肯定的に受け取っている自分にふと気づかされます。

次回は、私が考える「診療の在り方」についてお話します。

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